時計を作ろう
■爪の材料
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カナ(Pinion)の製作で言及したように、歯数に大きな差がある伝達部では、歯数の小さい方に、より硬い材料を用 いるのが常道です。 |
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アンクルは｢入爪｣と「出爪」の２本、対するガンギが３０Tですから、爪はかなり硬い材料が必要となります。 |
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また、表面を磨き、摩擦を低減することも磨耗対策・効率向上に効果的と考えられます。 |
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今回は入手の容易性から炭素鋼を使いました。 場合によっては、焼き入れも可能です。 |
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もちろん、サトラーのようにルビーで爪を作ることが出来れば最高なのですが、とてもかないません。 |
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最近ステンドグラス用品を取り扱っているお店で、ガラス棒が入手できるようになりましたが、これを研磨して作る のも一つの方法かと思います。 これは、次回への課題ということにしました。 |
■当初構想
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当初、総炭素鋼のガンギを製作しました。 |
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どうも気に入りません。 美しくない・・・・ 磨き込む気が起きません。 |
■改定案
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典型的なVienna Regulatorのアンクルを真似る事にしました。 |
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アンクル本体は真鍮、爪は炭素鋼で作ることにしました。 |
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各爪はその両側の二箇所のネジを使い固定します。 |
■アンクル本体の製作
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まずは5mm厚の真鍮板に外形をケガき、バンドソウでラフに切り落とします。 |
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次に治具に固定します。 |
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加工品が滑って刃が喰い込まないように、治具と加工品間に回転止めをします。 |
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治具を巨大化し、アンクルのシャフトと爪を止めるネジの二箇所で固定しました。これなら加工品が治具からスリ ップしません。 |
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●中央写真の＋ネジ |
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●右下中央寄りのネジ穴に治具裏側からネジにて固定 |
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の二箇所です。 |
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加工品よりも治具のほうが大きいため、加工時には治具ごと切削することになります。 |
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外形が削り上がりましたので、爪の入る溝を切削します。 高精度が要求される加工です。 |
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精度を確保するため、治具を変更します。センターシャフトに芯ブレのないカラーを真鍮で作り被せました。 |
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エンドミルの位置を測定しやすくするためです。 |
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一通りの加工が終わった後、バリ取りや磨きを行います。 |
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残るは、爪の製作です。 |
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爪は耐摩耗性を考慮して炭素鋼で作ります。 入手しやすいS45Cを使いました。 |
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 出典「Practical Clock Escapements」 |
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この図でもわかるように爪は円弧の一部です。 |
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拠って、大口径の炭素鋼からリングを切り出しその一部を使って爪を製作します。 |
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早速工作です。 |
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60φのS45Cを旋盤チャックにくわえやすい長さに切断します。 |
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これほど大きな炭素鋼を切った経験がありませんので、いささか不安がありましたが、そこはバンドソウの威力を 発揮しきれいに切ることができました。 |
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旋盤にくわえ、端面を仕上げてから内外径を規定値に旋削します。 |
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爪の内面外面共にガンギが滑る部分ですから仕上げが重要です。 |
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入爪は外面を、出爪は内面をガンギの歯先が摺動します。 |
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旋盤で回しながらリューターを使いシリコンバフで研磨しました。 |
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光っている様子が見えます。 |
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バイト目が残って鏡面になっていませんが、目をつぶることにしました。 |
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ここまで出来たところで、アンクル本体と組み合わせました。 |
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形が見えてくるとワクワクします。 |
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爪の厚み分の切り込みを入れ、リング状の素材を切り出します。 |
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0.3mmtのスリワリフライスで切り込みます。爪のインパクト面がこれで決まりますから位置関係が非常に重要で す。 |
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黄色の部材は切子を吹き飛ばすエアーノズルです。 |
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縦に向きを変え、再度スリワリフライスで切り取ります。 |
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オイルストーンでバリ取りと各面の仕上げを行い、最後にリューターで磨いて仮組です。 |
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なかなかの出来です。 |
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次に、爪を固定する金具を作ります。0.5mmtのSUS板から切り取ります。 |
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手ノコで切ると非常に疲れますので電動糸のこを使いました。 |
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切り取ってからオイルストーンで磨き、仮組です。 |
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早速ガンギと組み合わせ、雰囲気を楽しみました。 |
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触っての感想は、軸間距離と爪の出し入れ調整でかなり難儀しそうな印象でした。 |
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調整に当たっては図面上の精度追求を第一とし、軸間距離を設計値にした後、爪の出し入れ調整を行う方法が 妥当と考えました。軸間距離と爪の位置関係という二種のパラメータを同時にいじってしまうと収拾がつかなくな る可能性があります。 |
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また、引っ掛かる箇所もあり爪のエッジ修正も避けられそうにありません。 |
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そこで、まずは焼き入れを行います。 |
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焼き入れ前の様子です。 |
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ハイライトで一寸不自然に見えますがかなり気合の入った磨き上げです。 |
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これをバーナーで「明るい赤」になるまで加熱して、一気に水中にドボン。 |
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焼き入れ後の様子 |
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スプリングでもなく工具でもありませんから焼き戻しはしません。 |
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表面の酸化皮膜を取り除き、再度磨かなくてはなりません。 |
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爪の研磨はただ光っていれば良いという意匠上の磨きではありません。ガンギ先端の摩耗を抑える機能を期待 しての仕上げであり、爪を構成する面の角度が研磨によってブレることは許されません。 |
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そこで、治具を作る必要があります。 |
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静止面から磨きに取り掛かります。 |
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入爪静止面(外面R)用治具はこちら。アルミ5056棒材から作りました。 |
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内側を掘り込んで凹になっています。内側面のピンク色の箇所は#4000の研磨フィルムです。 |
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次が、出爪の静止面(内面R)用治具です。上記治具の反対側で作りました。 |
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こちらは先程とは逆に周囲を掘り込んで凸になっており、研磨フィルムの工程を終えピカールを塗った状態です。 |
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入り爪・出爪どちらもこの治具を旋盤の最低速度で回しながら面を決めて研磨しました。 |
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図らずもピカールを塗って磨く時には側面も同時に磨けることが判りました。 |
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次に衝撃面の研磨です。 |
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こちらも機械力で研磨します。 |
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真鍮棒材の中心にシャフトが入る穴を途中まで旋削します。 |
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反対側からヘキサゴンボルトで締めあげます。 |
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この底面にサンドペーパー、研磨フィルムを張り付けます。 |
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左が#4000の研磨フィルム、右が#2000のサンドペーパー |
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これをフライス盤で回転させます。 |
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入り爪研磨の様子。 |
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出爪研磨の様子はこちら。 |
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この治具を使い磨いた結果です。 |
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最初に入り爪の様子。左側が静止(停止)面、右側が衝撃面 |
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左が静止面、右が衝撃面。 |
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静止面の上下に磨ききれなかった個所がありますが、爪が当たらない部分なのでこれで良しとします。 |
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右側衝撃面の研磨はほぼ完璧です。 |
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次に出爪の仕上り。 |
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左が静止面、右が衝撃面。 |
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こちらは静止面・衝撃面共にほぼ完璧な研磨です。 |
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一方、アンクルは大理石の板石上にワイシャツの生地を乗せピカールを塗って磨きました。この研磨に機能上の 理由はありません。意匠上の研磨です。 |
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磨いたアンクルに組み込んだ様子です。 |
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良い姿です。 |
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爪の研磨はただ美しく光っていれば良いというものではなく、その面の角度などに機能上の意味がある為、非常 に苦労しました。 |
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結局体得したのは手磨きではなく正確な治具を使っての研磨が必須であるということです。 |
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